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―――宮沢賢治研究会のあゆみ――
(詳細版・「賢治研究」創立50周年記念特別号より)
調製2005.10
ジャンプ[賢治研究創刊時]、[最下段]
和暦 西暦 月日 研究会関係 四次元/賢治研究、例会 その他
昭和24年 1949 6月 佐藤寛により「宮沢賢治友の会」発足 創刊〜3号   
9月23日 「宮澤賢治友の会結成記念講演会」(草野心平・中島健蔵・谷川徹三)を東京大学で開催
10月1日 「四次元」創刊号発行 編集者/佐藤寛 発行所/宮澤賢治友の会 発売所/十字屋書店 定価30円(3,000部印刷)
昭和25年 1950 3月19日 第一回研究会を佐藤寛宅で開く(この後、月例会となり、童話一篇をとりあげて話合う形式となる)。 4〜14号      
6月 「四次元」8号を発行し、十字屋書店が刊行から手をひく。
7月 9号から(編集兼発行人/佐藤寛・発行所/宮澤賢治友の会)となる。
10月 「一周年記念特輯号」(12号)を刊行
10月8日 「一周年記念講演会」を東京大学で開催
11月 研究会会場が日本橋槇町・永森組に移る。
昭和26年 1951 1月13日 佐藤寛が理事長に就任 15〜24号    
3月 17号より定価を40円に改定。17号より19号に会員名簿を掲載(152名)
9月 21号をもって書店扱いを見合わせる。
10月6日 「二周年記念講演会」を東京大学で開催
昭和27年 1952 9月 「三周年記念特輯号」(32号)を刊行 25〜34号   
9月20日 「三周年記念講演会」を東京大学で開催
12月 18回研究会より会場が立正大学に移る。
昭和28年 1953 9月20日 「四周年記念講演会」を東京大学で開催 35〜45号  
10月 「四周年記念特輯号」(44号)を刊行
昭和29年 1954 5月 「創刊五十号記念特輯」を刊行 46〜56号  
9月18日 「第五回記念講演会」を東京大学で開催
昭和30年 1955 4月 「春と修羅研究特輯号」(60号)を刊行。定価を50円に改定 57〜67号    
8月 第一回イーハトーブ旅行(参加会員13名)
9月18日 「六周年記念講演会」を立正大学で開催
10月 「二三回忌記念号」(66号)を刊行
昭和31年 1956 4月 「賢治の女性特輯」(70号)を刊行 68〜77号  
9月16日 「第七回記念講演会」を立正大学で開催
昭和32年 1957 1月 78号より発行所が「宮沢賢治友の会内 宮沢賢治研究会」となる。 78〜88号     
3月 「春と修羅研究特集(二)」(80号)を刊行
6月20日 「賢治を讃える夕」を日本青年館で開催
7月 「号外 四次元特集」を刊行(表紙の表記は1957・9となっていて定価の表示はない)
10月11・12日 「二五年記念祭」を日本青年館で開催
昭和33年 1958 2月 「放送劇脚本特集」(90号)を刊行 89〜99号    
11月 立正大学での研究会が70回をかぞえる(99号による)。
11月15日 「百号刊行祝賀会」を九段会館で開催
11月22日 「百号記念講演と音楽会」を下谷公会堂で開催
昭和34年 1959 1月 「百号記念特集」刊行(181ページ・頒価200円) 100〜110号      
3月17日 「宮沢賢治友の会」を「宮沢賢治研究会」と改称
5月 104号から発行所が「宮沢賢治研究会」となる。
6月18日 「宮沢賢治研究会十周年記念の夕」(鶴見俊輔)を銀座ガスホールで開催
9月 創立十周年記念事業として、身延山久遠寺境内に詩碑建立のための発起人会を結成
10月 「創刊十周年記念号」(109号)を刊行
昭和35年 1960 1月 十周年記念事業として、身延山久遠寺境内に詩碑の建立計画を発表(111号) 111〜121号 
昭和36年 1961 6月18日 浅草日蓮宗宗務院で講演会(日蓮宗新聞と共催)を開催 122〜132号  
10月23日 宮沢賢治研究会の名で、身延山久遠寺慈済橋畔に「塵点劫」歌碑を建立。協力者437名(ほかに無名氏百数十名)。除幕式後、講演会を身延山短期大学で開催
昭和37年 1962 1月 「歌碑建立記念号」(133号)を刊行 133〜143号  
7月9日 「宮沢賢治三十周年追善供養ならびに講演会」を釈尊教会で開催
昭和38年 1963 7月 「一五〇号記念特集」刊行(216ページ・頒価250円) 144〜154号   
8月 151号から頒価100円となる。
10月6日 「宮沢賢治忌並びに母堂百ヶ日忌追善法要と記念講演会」を釈尊教会で行う。
昭和39年 1964 9月27日 「宮沢賢治祥当三十三回忌並びに御母堂一周忌法要」を日暮里本行寺で行う。 155〜165号 
昭和40年 1965 6月 「三十三回忌記念特集」(171号)を刊行 166〜177号
1回   
10月2日 「三十三回忌記念講演会」(谷川徹三・串田孫一・渡辺はま子)を新宿安田生命ホールで開催
12月18日 久しく途絶えていた研究会を日暮里本行寺で再開する(参加者21名)。(注)この会を第一回として、偶数月第一土曜日に、上野東京電力サービスステーション、東京文化会館、市ヶ谷私学会館と会場を移し、現在は渋谷区千駄ヶ谷区民会館で継続開催中
昭和41年 1966 4月 事務局(土佐啓一宅)を設置する(181号「葛飾たより」) 178〜189号
2〜7回 
昭和42年 1967         190〜199号
8〜12回 
昭和43年 1968 1月 「二百号記念特集」刊行(212ページ・頒価500円・会員300円) 200〜202号
13〜18回    
2月10日 「二百号記念講演会」(小菅健吉・小原忠・小沢俊郎・恩田逸夫)を新宿紀伊国屋ホールで開催
同日 201号刊行(佐藤寛編集の最終号)
11月 「四次元」202号(「終刊号」として会員の手により編集)にて終刊となる。
昭和44年 1969 4月 「賢治研究」1号刊行。編集/小沢俊郎・土佐啓一。発行人山崎善次郎 創刊〜3号
19〜24回  
4月5日 購読希望者を会員とする研究会総会を開き、会規約を定める。細則により(1)会費は年額1,200円(2)会誌は年三冊発行とする。
昭和45年 1970 3月23日 本会創立者佐藤寛永眠(78歳) 4〜6号
25〜29回    
7月23日〜26日 第1回イーハトーブ修学旅行(43名)
11月7日 「宮沢賢治生誕75周年記念講演会」(中島健蔵・草野心平・谷川徹三・久保田正文)をお茶の水日仏会館で開催
「宮沢賢治研究会ニュース」を4会発行(発行人/須田浅一郎・土佐啓一)
昭和46年 1971 4月3日 理事長に山崎善次郎が就任。年会費1,500円となる。 7〜9号
30〜35回  
11月13・14日 身延山で碑前祭と移動研究会を開催
昭和47年 1972 1月15日 「宮沢賢治研究会関西支部結成記念講演会」を大阪婦人会館で開催 10〜12号
36〜41回   
3月 「四次元」号外(佐藤寛追悼)を刊行。頒価500円。
8月 「賢治研究」11号から須田浅一郎の編集となる。
昭和48年 1973 9月29日 「宮沢賢治没後四〇周年記念講演と映画の会」(天沢退二郎・中村稔・長岡輝子)をお茶の水日仏会館で開催(定員400名の会場に800余の入場希望者があり、大混乱となる) 13〜15号
42〜46回  
11月10日 「宮沢賢治没後四〇年記念講演と映画の夕」を大阪中之島中央公民館で開催
昭和49年 1974 8月19〜23日 第3回イーハトーブ修学旅行。東北採石工場、種山、遠野、花巻、松倉温泉(泊)。身照寺、イギリス海岸、盛岡、浪板(泊)。気仙沼。二泊(車中二泊)。40名。 16号
47〜51回 
昭和50年 1975 7月24〜28日 第4回イーハトーブ修学旅行。東北採石工場、種山、少年自然の家(泊)。花巻市内、鉛温泉(泊)。早池峰山神社、農学校。二泊(車中二泊)。38名。 17〜18号
52〜55回 
10月5日 「宮沢賢治生誕八〇周年記念講演会」(入沢康夫・斎藤文一・小倉豊文・恩田逸夫)を新宿紀伊国屋ホールで開催
昭和51年 1976     この年「賢治研究」の発行なし 56〜60回 
8月19〜24日 第5回イーハトーブ修学旅行。岩手大学、小岩井農場、網張温泉(泊)。岩手山周遊、花巻温泉(泊)。花巻市内、原体、少年自然の家(泊)。種山、東北採石工場。三泊(車中二泊)。38名。
昭和52年 1977 12月 「賢治研究」19号を2年振りに刊行(須田浅一郎・土佐啓一・杉田英生の共同編集) 19号
61〜65回 
昭和53年 1978 5月 「賢治研究」20号刊行(伊藤卓美・土佐啓一・杉田英生の共同編集)。表紙の題字が草野心平の揮毫となる。10月14日臨時総会で会長に山崎善次郎が就任。年会費を2,000円とし、賛助会員制度を設ける。 20号
66〜69回 
8月18〜22日 第6回イーハトーブ修学旅行。五葉山、吉浜(泊)。遠野、種山、花巻温泉(泊)。詩碑、大沢温泉。二泊(車中二泊)。
昭和54年 1979 2月 「賢治研究」21号から伊藤卓美・杉田英生の共同編集となる。 21〜23号
70〜74回   
7月 会員有志による「校異を読む会」発足(注)奇数月第一土曜日に開催され、現在は読書会として継続中
8月17〜21日 第7回イーハトーブ修学旅行。盛岡、田沢湖、小岩井農場(泊)。花巻市内、花巻温泉(泊)。種山。二泊(車中二泊)。28名。
12月 会員名簿を作成して配布する。
昭和55年 1980 4月 「宮沢賢治生誕八五年・宮沢賢治研究会三〇周年記念講演会」(永瀬清子・板谷英紀・原子朗・松本零士)を新宿安田生命ホールで開催 24〜25号
75〜79回 
昭和56年 1981     26〜28号
80〜84回 
昭和57年 1982 9月 「四次元」全巻を復刻する。(出版/国書刊行会) 29〜30号
85〜89回 
昭和58年 1983 4月 「賢治研究」32号から伊藤卓美の編集となる。会長が山崎善次郎より佐藤栄二に代わる。(「賢治研究」の発行人が佐藤栄二となり、発行所が杉田英生方となる。)年会費3,000円となる。ミニコミ誌「山猫通信」創刊準備号発行 32〜34号
90〜95回  
6月 「山猫通信」創刊号発行(隔月刊行/外山正編集/現在刊行中)
昭和59年 1984 2月 「賢治へのいざない・没後50年のつどい(堀尾青史・松村彦次郎・柳原昌悦・佐藤泰平・田谷力三・小原忠)を新橋ヤクルトホールで開催 35〜36号
96〜100回 
8月18・19日 秩父修学旅行。三峯山(三峯神社)、寄居、長瀞方面。参加22名。
昭和60年 1985 5月 「賢治研究」38号から山崎善男の編集となる。 37〜38号
101〜106回  
11月10日 「日曜講座―賢治へのいざない〈宮沢賢治とわたし〉」を日暮里本行寺で開催(昭和61年3月まで5回開催)
昭和61年 1986     40〜41号
107〜112回 
昭和62年 1987 2月1日 「賢治研究」に国際標準逐次刊行物番号(ISSN0913-5197)の割当があり、43号より表示する。 42〜45号
113〜118回  
8月 「賢治研究」44号から土佐啓一の編集となる。
昭和63年 1988 11月 シンポジウム「宮沢賢治の世界」(見田宗介・入沢康夫)を青山学院大学で開催 46〜48号
119〜124回 
平成元年 1989 9月 「賢治研究・50号記念特集」刊行(一九四ページ) 49〜50号
125〜130回 
平成2年 1990 4月 年会費4,000円となる。 51〜53号
131〜142回
9月宮沢賢治学会イーハトーブセンター設立
平成3年 1991     54〜56号
137〜142回 
平成4年 1992 12月 「賢治研究」59号から宮澤哲夫の編集となる。 57〜59号
143〜148回
10月イーハトーブ館開館
平成5年 1993 8月7〜9日  イーハトーブ修学旅行。花巻・石鳥谷、早池峰山(登山組・観光組)、種山方面。48名。 60〜62号
149〜153回 
平成6年 1994 8月18〜22日   研究会修学旅行「サハリンへの旅」豊原・落合・栄浜(旧称)方面。11名 63〜65号
154〜159回 
平成7年 1995 7月5日 阪神大震災チャリティ「賢治白寿祭―映画と朗読の会」(村松彦次郎・他)を北区北とぴあで開催 66〜68号
160〜165回 
平成8年 1996 7月13日 「賢治生誕百年記念・宮沢賢治研究会特別例会銀河トークの集い」を荒川区サンパール荒川で開催(毛利衛・俵万智・宮城一男・斉藤征義・劇団〈らあす〉) 69〜71号
166〜171回  
8月 「賢治研究・宮沢賢治生誕百年記念特別号」(70号)を刊行(202ページ)
平成9年 1997     72〜74号
172〜177回 
平成10年 1998 8月22日 第14回研究会修学旅行―バスハイク「賢治ゆかりの東京」を行う。 75〜77号
178〜183回 
平成11年 1999 6月 宮沢賢治研究会創立50周年記念事業として文語詩稿作品論集『宮沢賢治 文語詩の森』を刊行(出版/柏プラーノ・発売柏書房) 78〜80号
184〜189回   
7月24日 「宮沢賢治研究会創立五〇周年記念祝賀会 『宮沢賢治 文語詩の森』出版記念会」を千代田区日本プレスセンターで開催
12月 「宮沢賢治研究会創立五〇周年記念特別号」(賢治研究80号)を刊行(108ページ)
平成12年 2000 4月 会長が佐藤栄二より外山 正に代わる。(「賢治研究」の発行人が外山 正となる。) 81〜83号
190〜195回  
9月 「宮沢賢治文語詩の森 第二集」宮沢賢治研究会編
平成13年 2001 10月 第200回記念例会
追悼宮沢清六氏 座談会童話集「注文の多い料理店」を考える(栗原敦・奥山文幸・島村 輝)
84〜86号
196〜201回 
平成14年 2002 4月 事務局長が杉田英生より赤田秀子に代わる。(「賢治研究」の発行所が赤田秀子方となる。)「賢治研究」の編集長が宮沢哲夫より本多健治に代わる(8月発行の88号から)。 87〜89号
202〜207回  
7月 「宮沢賢治文語詩の森 第三集」宮沢賢治研究会編
平成15年 2003 4月 会員有志にて身延山歌碑参拝と清掃 90〜92号
208〜213回  
7月 大島に賢治の足跡をたずねる旅行「apple greenの草はら 賢治と訪ねる大島」
12月9日 「田んぼde(で)ミュージカル」(北海道勇払郡穂別町、脚本斉藤征義・監督協力崔洋一)東京上映会開催協力/千代田放送会館
平成16年 2004 10月 週休二日制・余暇の拡大などを背景に、アンケートにより例会開催時間帯の変更を試行する。これより冬季を中心に午後開催とする。 93〜95号
214〜219回  
平成17年 2005 10月8・9日 会員有志にて身延山歌碑参拝と清掃。竹内日船師による碑前法要と講義。一泊。参加18名。 96号〜
220回〜


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